拙者、江戸城に登城!~巻きの弐~の続編です!
桜田門まで確かいったでござるな。
その続きからでござる。
桜田門を見た後、もどってたつみやぐらのほうへ行き、その隣(?)にある大手門から三の丸に
入ったでござる。大手門は現存ではありません!!
いまは三の丸と二の丸は堀で仕切られていたのですが、いまは堀がないのでどこまでが三の丸かわかりません。
ここで「本丸」とか「二の丸」「三の丸」とかについて、少し触れたいと思います!
本丸とは、 もうそこ(本丸)が敵に占領された=城が落城した という意味になるので、一番大事なところです。だから、ここに城主なり城代なり殿様がいて指揮を執っているということでござる。
ここに、天守閣があったり、殿様の御殿があったりします。
~丸という言い方は、丸=曲輪(くるわ)ということになります。曲輪とは、堀(水堀や空堀)や土塁によって囲まれた、各曲輪ごとに役割を担っている城の区域のことを言います。
~丸は、曲輪より比較的大きい時に言う曲輪の言い方です。 (曲輪<~丸)
本丸が落ちないためにはそれを援護する曲輪が必要です。
これが二の丸です。その前の曲輪が三の丸です。だから、敵は三の丸→二の丸→本丸と進んで攻めてくるわけでござる。
おっと、話がずれてしまってでござる(焦)
とにかく二の丸まで行き、百人番所を見たでござる。
ちなみにこの百人番所の前には「大番所」というのもあります。
そして、この登城最大の目玉へ!!!!!!!!!!!
「ブログ奉行、富士見櫓へ!!!!」
ここだけでひとつのコーナーになっちゃってますね(笑)
富士見櫓は、現存で、それも江戸城で唯一の三階櫓なんです。
三階は文字どうり内部が三階なわけです!
天守が燃えて(火事で)、再建されなくなって天守が江戸城から消えた後は、
天守の代わりだったようでござる。
昔はここから富士山も見えたらしいです(だから「富士見」櫓)
さぁさぁお次は天守台にレッツゴー!!!!
天守台は、三代目の天守が燃えた後、4代目の天守を作るために、加賀(石川県)の前田家が
造ったものです。しかし、天守は事情により(家来がただ一人天守再建に反対してその意見が通ったから)再建されず、今に至っているのでござる。
さて、続きはまた次回の次回!!!
次回はどうするかというと、ちょっと休憩世間話!!!!!お楽しみにぃ☆
あっ、それと、「今日のホトトギス」というコーナーを作っちゃいます!!!!(今回から)
今日のホトトギス・泣かぬなら、他を当ろうホトトギス
そのホトトギスが泣かないなら、別のを泣かせよう!!!ということでござる(苦笑)
では、さらばでござる!!!